原 嘉幸

夏の風 娘引幕 誘われて

「校長先生、今年も出てみなれんか」

六月の初め、丹羽貞蔵さんから突然電話があった。「ついにきたか!」。昨年の明治座歌舞伎公演で伊藤小学校長さん・桂川PTA会長さん・加藤駐在さん・粥川主任児童委員さんと五人で「白波五人男」を演じさせて頂いた。実は、迷っていた。「すいません。少し考えさせてください。」そういって電話を切った。桂川PTA会長さん・加藤駐在さんは、今年も出るようだ。

 

「そうだ明治座にいってみよう。」

学校帰りに明治座によった。舞台には、娘引幕がひかれてあった。「どうしようかな」そう思いながら、畳に座り、その優雅な姿を見ていると突然、娘引幕が夏の風でゆらゆらと揺らめいた。まるで「舞台に立ちませんか」と誘うように。「娘引幕も誘ってくれている。よし、今年も頑張ってみよう」そう決心した。すぐに貞蔵さんに「今年もお願いします」と電話した。やると決めたら気持ちが晴れ晴れとした。

 

「今年の演目は『菅原伝授手習鑑 車引』で小・中学生と一緒に出てもらいます。」

七月六日の練習初日、台本を手渡されそう言われた。役は、藤原時平公。悪役だ。昨年も盗人の忠信利平だったから「二年続けて悪役だな。」そんなふうに甘く考えていた。しかし、この時平公、ただの悪人ではなかった。それは、稽古を重ねるごとに思い知ることとなる。さて、一緒に演じる中学生は、ベテラン中学二年生四人組、万由子さん、なつみさん、美月さん、花さんだ。そして小学生の一路君、真央さん、蘭叡君、るい樹君だ。他の演目で、同じくベテラン三年生の成美さん、二年生の若菜さん、美南さんも頑張っている。松本団女師匠に「今年も頑張って下さいね」と声をかけられ勇気百倍、やる気満々になった。そして、長い稽古の日々が始まった。

 

九月八日までの二ヶ月間に十五日の稽古だが、

毎日台詞や振り付けを覚える稽古を家で、通勤の車の中で行うわけであるから、毎日が稽古となる。舞台稽古の初日までに台詞は、なんとか覚えた。去年の忠信利平の口調で「やあ。牛ぶち喰らう青蝿めら・・・」と初めの台詞を言うとすぐに団女師匠に止められた。「う~ん。もっと悪人になって、憎らしくいわなくっちゃ」その後、師匠に続いて台詞を言ってみるがなかなかうまくいかない。その後の稽古でも「もっと悪く。憎らしく」が続いた。いったい時平公とは、何者か?インターネットで調べると「なるほど!すごい悪人顔。この顔に似合う台詞が必要なのだ」と思った。

 

ベテランの中学生諸君は、

さすがだ。 台詞も完璧に覚えてきている。そして、師匠の要求を次々にこなしていく。そんな彼女らの稽古が始まるまでの待ち時間や稽古後の姿をみていると、色々気がついたことがある。稽古前、七月の初めの頃は、舞台下で「あゆみ」と呼ばれる渡り板の上にマンガ開いて時間をつぶしているのだが、夏休みが終わりに近づいてくると、みんな宿題を持ってきて教えあったりしてやっている。さすが中学生。そして、稽古が終わると互いにアドバイスしながら台本に今日の稽古で師匠から言われたこと、振り付けの絵を書き込んだりしている。私より遙かに多い台詞と振り付けをみごとにやりきるのは、こういう地道な努力があってこそだと思った。

 

さて、いよいよ公演前日。

前日は三味あわせがあり、午前中から明治座に行かなければならないのだが、その日は、加子母中学校の体育大会。七名の中学生は、全力で取り組んだ。閉会式が終わってすぐに明治座に向かった。疲れているのに大丈夫かと心配していたが、稽古では、疲れも見せず役になりきって演じている。さすが!若さだな!ベテランだな!と感心した。

 

公演当日は、七時半に明治座集合。

まずは、顔師さんによる化粧。初めは、白色の地塗り。手際よく顔の隅々、首、そして腕へと塗られていく。次にいよいよ顔描きである。鏡がないのでどうなっているのかわからない。去年より念入りにたくさん塗られている気がした。できあがって後ろを振り向くと、「こわい~」の声、別の部屋で鏡を見てびっくり、「こわい・・・」まさに歌舞伎の化粧のすごさを感じた。何も表情を創っていないのに、迫力あるにらみ。顔師さんは、顔をキャンバスにした、まさに芸術家、アーティストだ。次に衣装、何枚もの華やかな着物を重ねていく。そのたびにひもで締めていく、結構つらい。しかし、できあがるにつれ時平公になっていく。かつらをかぶれば、心も仕上がり時平公になっていた。廊下を歩くと大道具さん達がカメラを構える。スターになった気分。

 

さあ、いよいよ本番。

小中学生が頑張っている。私は、舞台の真ん中にある牛車の中に入って出番を待っている。しかし、外の舞台のようすが全く見えない。おまけに車は、壊れるようになっており、下手に触ると倒れてしまう。頭には大きな冠。動かず緊張して出番を待つ。太夫さんの「現れ出たる 時平のおとんど」で車が壊れ、いよいよ登場。見せ場は、みえを切った後に赤く塗った舌をべぇ~と出して、演者を威嚇する場面。「こうちょう!」かけ声と拍手。いよいよクライマックス。全演者がそろってみえを切る。拍手とかけ声、飛び交うおひねりの中、幕がしまっていく。

 

やり終えた小中学生と

笑顔を交わす。 といっても私の笑顔は、怖い化粧だから伝わらなかったかも。今年もやってよかった。そんな思いで一杯になった。

歌舞伎は、多くの人に支えられてできあがっている。特に大道具の武蔵野美術大学の学生さんとOBのみなさんの活躍は、すばらしかった。表に出る人と裏で支える人が必ずいる。今回、自分は表に出させて頂いたが、どれだけ多くの人に支えられてきたことか。その人達の思いを感じ、感謝して演じることができた。

夕方から始まった「いたじきばらい」の途中、昨年「白波五人男」で出演した三名が団女師匠に呼ばれた。「出演して頂いてありがとう。本当にうれしかったですよ」その言葉に笑顔の三人であった。思いは同じ、「来年も頑張ろう!?」。最後に、加子母歌舞伎保存会の皆様をはじめ、お世話になった皆様に深く感謝しお礼申し上げます。

 

記事提供:かしも通信

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中津川市加子母(かしも)は檜(ひのき)と地歌舞伎の郷。かしも明治座は明治27年にできた、木造の芝居小屋。

岐阜県指定有形民俗文化財 かしも明治座

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