出番まつ 花道のさき 夏の果て

伊藤 秀雄

第40回記念公演に白浪五人男の弁天小僧役で出演した、加子母小学校校長 ・伊藤秀雄さんの歌舞伎に初挑戦した平成24年の暑い夏。

 

夏が終わった。

平成24年9月2日加子母歌舞伎四十周年記念公演。当日、夕刻に始まった「いたじきばらい」のほろ酔いの中で、私たちの夏をかみしめていた。

7月1日練習初日。

子どもたちもはりきってやってきた。五人の盗賊と五人の捕手が正座し背筋を伸ばし、舞台の上で松本団女師匠に挨拶をする。毎回、練習の初めと終わりのきちんとした挨拶。ものごとの基本がここにある…。

早速、舞台での練習。

原校長先生と加藤駐在さん以外はセリフを覚えていなかった。事前にいただいていた台本とセリフの入ったテープは、机の上に置いたままであった。師匠に「この次までにセリフを覚えて来なさい!」と言われて目が覚めた。必死のセリフ練習が始まった。だいたいは覚えられても、独特の言い回しには程遠い。舞台に立ち、いざ言おうとすると「あれ、あれれれ…なんだっけ」「セリフはまあまあ覚えた」と思い意気揚々と練習に行ったところが、次なる難関が待ち受けていた。「首、首、くび!」「手をのばしてぇ・・!」「右足から、右足!それは左足!」・・・振付が覚えられない…。

 

八月の練習は、ぞれぞれの回で、新しい振付が加わってくる。

特に、捕手との掛け合は、ぞれぞれのペアで振付が違うこともあり、舞台の袖で二人ペアで練習する姿が見られた。時には捕手の子どもに五人男の方が「どういうふうやった」と聞いているユーモラスな場面もあった。

五人の盗賊が長いせりふを言う間、捕り手の子どもたちは、後ろで待っている。「動かないのよ」と師匠に何回も注意される子ども達。四十年余り明治座に関わっている安江利朗さん曰く「子どもは練習中横の子をつついたり、ふらふらしたりしているが、本番の時はしっかりとやる。大人はその逆で、本番に弱い」終わってみれば全くその通り。

 

伊藤亮子さんは、今回私たちが最もお世話になった人だ。

いつも座って私たちの練習見ていらっしゃった。彼女が頷いているのを見ると安心した。

 

五人男は花道から一人ずつ出ていく。

そのたびに黒子の学生がのれんの幕をさっと開けたり閉めたりする。公演前日、タイミングが合わずに師匠から「あけて!」と声がとんだ。当日、「タイミングわかったか」と確かめたら「だいじょうぶです」答えた。しかし、終演後、「どうだった」と聞いたら「胸がばくばくで、五人全員花道に出た瞬間、安堵して膝から崩れ落ちそうになった」と打ち明けた。全ての人が本番の緊張の中にいたのだ。

 

とうとう当日が来た。

楽屋での準備も、大道具準備も、そして演目も時間で流れていく。

化粧は二段階に分かれている。一段目は地塗り。弁天小僧と赤星、そして日本駄右衛門は白を基調に塗る。あとの二人忠信と力丸は薄い茶色だ。手際良く首から顔の隅々までそして腕へと塗られていく。弁天、赤星、日本の三人は後で足も白く塗られる。二段階目は顔描きである。弁天は目のあたりが薄紅色で額に三日月型の切り傷が描かれる。鏡で顔を見る。「ちょっといいかも・・・?」妙な気分である。

楽屋の裏玄関で涼んでいると、加子母小の職員が楽屋訪問にくる。緊張で、冗談も言えなく「ありがとう」というだけ。

 

衣装は華やかだ。

装束に身を包んでいくことで、心も仕上がっていく。

次にかつら。私の頭は普通よりちょっと大きい。心配していたことが起きた。かつらが入らない!担当の女性が飛び上がって上から押さえつけようやく入った。

化粧、衣装、かつら、一つ一つが自分をその役柄にしていく。準備完了して五人が廊下に並んだら、たくさんのカメラに囲まれた。「え、これってスター気分?」嬉しくも恥かしくもあり。化粧が羞恥心を隠してくれた。

 

さあ、出番。会場は超満員。

「迷子の迷子の三太郎やーい」子ども達の第一声。いいぞ、いい声だ。

三味が鳴る。シャカッ!とのれんが開き、私の出番。「おー」という歓声が聞こえる。だれがいるか見えないが、熱気が伝わってくる。「すごいところに出てしまった」

忠信利平中学校長・・・「ちゅうがっこう!」「こうちょう」「ぜっこうちょう」の声で会場がどっと沸く。

日本駄右衛門PTA会長は、幼馴染みの掛け声でもう少しで振付を間違えそうになった。

捕り手が出てくる。「とったぁ!」のかわいい声に会場が再び湧く。孫の顔を見に来おじいちゃん、おばあちゃんがおひねりを投げる。

 

五人男の長せりふが始まった。

ゆっくり、そして速く。強く、そして弱く。五七調のリズム、そして気持ちを乗せて・・赤星、民生委員は、いつものいい声で朗々と・・・

力丸、駐在さん。「・・・白刃でおどす人殺し―!」どっと会場が湧く。(お巡りさんが人殺しー!だもんね)

子ども達のかわいらしい演技に助けられ、会場から歓声や笑いが起こる。

 

遅い昼食のカレーは格別だった。

翌日、登校してきた子ども達はみな生き生きとしていた。担任に「昨日は見に来てくれてありがとうございました。どうでしたか。」と言えたという。学校では味わえないひと夏の体験と当日の達成感が彼らを鍛え、育てていた。教頭先生は、写真を編集したリーフレットを作って子どもたちに配ってくれた。リーフレットをもらう子ども達の横顔に美しい笑顔があった。そして、自然に「ありがとうごさいます」という感謝の言葉が出ていた。

 

中島敏明歌舞伎保存会長に声をかけていただいたことで始まった今回の歌舞伎出演。

こういう機会を与えていただいたことに感謝の気持ちでいっぱいである。

今回学んだことは語りつくせない。教育を司る者が、教えられる立場で勉強することはたくさんあった。特に団女師匠には、練習を通して教育の真髄をあらためて教えていただいたと思っている。それは、「心」である。何ごともそれにかける「真心」がなければひとつのことが為し得ないということである。

最後の舞台あいさつで私たち「白浪五人」が、大変ご心配をかけていたことが分かりした。そんな素振りを微塵も見せず、太っ腹でご指導いただいたことに頭が下がるばかりです。ほんとうにありがとうございました。

歌舞伎保存会の皆々様をはじめとして、お世話になった全ての方々に感謝とお礼を申上げます。

平成二十四年九月吉日

加子母小学校 校長 伊藤秀雄

 

記事提供:かしも通信

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中津川市加子母(かしも)は檜(ひのき)と地歌舞伎の郷。かしも明治座は明治27年にできた、木造の芝居小屋。

岐阜県指定有形民俗文化財 かしも明治座

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