白井 圭 Shirai Kei/明治座クラシックコンサート音楽監督

白井さんの普段の活動は

オーストリアのウィーンを拠点にしていますので、室内楽のオケに行ったりしています。この間もドイツのオケに行ってきました。日本でも今年度から神戸室内管弦楽団のコンサートマスターに就任したので、オーストリアから1年に4回くらいは帰って来てるんです。

 

日本との違いはどんなところですか?

向こうの人の方が楽に弾きますね。構えないで自然です。普段からいい環境の中で弾いていますしね。

 

ウィーンのお客さんはどう

お客さんは日本のほうが厳しい時もあるかな。ウィーンは特殊な街で観光客も多くて、音楽も観光産業のひとつみたいになっています。なので演奏会やオペラを聴きに行っても半分くらいは観光客なんじゃないかなと。

どんなレベルの演奏でも「ブラボー」みたいにね。

 

明治座でのお客さんはどんな感じですか

明治座のお客さんは特別な感じがします。お客さんが楽しみに来てくれるのが良くわかるんです。だってわざわざここまでこないでしょ。

最近は明治座という伝統のある建物で弾いているというよりもソフトの部分が強くなって来てる感じがします。

 

お客さんとの距離が近いですよね

サロンコンサートなんかだと確かにお客さんは近くにいるんですけど、イス席に座って聴くのと、タタミに座って聴くのとでは大きな違いがあります。イスだとそれぞれの空間が決まっていて姿勢正しく聴いている。タタミの上では、空間を共有している感じが違います。何か親近感がわくんですよね。

 

音響的な問題はどうですか

ここの音響は難しいです。普通のホールとはステージ上の天井がないというのが、一番大きな違いですね。天井に反響版をつけていただいたりと、ずいぶん良くはなったと思いますが、それでもやっぱり音は吸収しますからね。

 

普通のホールだとお客さんにもっと音が届くのですよね

もちろんホールでは響くので届くのですが、聴こえるんだけど何か上澄みというか表面的というか、そのものの音が聴こえるというよりは、美化されたものがものが聴こえてくる事が多い。

バイオリンにしても近くで聴くと、きたない音もしてるんですが、ちょっと離れて聴くとその雑音は聴こえてこない。

明治座だとその生の音のところまで聴こえちゃうんじゃないかなと…。変に増幅されないんです。 客席で聴いた事がないのでわかりませんがどうでしょうか

 

もともと芝居小屋として造られていますから、芝居の声が聞こえる距離や大きさになってるんでしょうね。肉声も木に響くのが一番自然な音になるような気がします。楽器もやはりそうなんでしょうか。

名古屋のホールで白井さんの演奏を聴いたことがありますが、もちろん音もすばらしくて感動したのですが、明治座での感動とはちょっと違うんですよね。すばらしいCDを聴いた様な感じというか、生で聴いているのでいいのですがホールの空間自体がかなり音をコントロールしているという気がします。それに対して明治座はその音がそのままぶつかってくる感じがして、音と同時に臨場感に感動するのです。

ところで、最初に指揮をするようになったきっかけはどういうことだったんでしょう

以前、豊嶋 泰嗣さんが指揮をされたときに、練習の時に指揮をしたんです。そうしたらみんなが良いねと言って、来年はやってみてよとなったのが始まりでした。

 

指揮をする様になって最近はどうですか

オケの人たちと話をしても、みんなヤル気があって何かを言うと、どうにかして答えようとする。しかも何か言ってほしいっていうような求められている感じがする。だからこっちも言うし、求める。互いに求め合っている感じです。

たんに仕事としてのものじゃなく、ここでやっているという感じが強いんです。だからちがうものができる。

お金をもらうからやってるというのでは、そこまで煮詰めて行けないですし要求もできません。

最近は責任をもってやらなくてはいけないというのを身をもって感じさせてくれる場所です。

なのでプレッシャーもあるのですが責任は自分がとるから、こういう風にやってみようという提案もできる。

普段ばらばらになっている仲間が毎年集まって、何かをひとつ作り上げようというプロセスは魅力的です。

東京で集まって何かやろうとなっても、こういう共同生活みたいなことまでにはならないので、リハーサルのときだけじゃなくて、やっぱりご飯食べながらだったり、空を一緒にみて感じたりだとかっていう全部がつながって演奏会にたどり着くのが、やっぱり良い経験だと思うのです。

みなさんここでの経験をそれぞれいかせているのでしょうか

それは、そうであってほしいと思いますね。もちろん僕としては普段、お金を稼がないと生きて行けないという中では、やらざるをえないということがどうしてもでてくる。それが悪いわけじゃないけどそういうのを通して自分が最初に何をやりたかったのかなっていうのを忘れていっちゃうことがあると思うのです。

演奏していく喜びを思い出せる場所にしたいなって思うんです。 ここに来てまたヤル気がでたなとなってくれれば、それが一番うれしい。 普段の仕事上のストレスから音楽的な欲求への息抜きであればいいのですが、 単に良い空気吸って、ちょとのんびりしようという息抜きでは、もったいない時間だと思う。メンバーには何かを感じて帰ってほしい。

 

ここ以外で指揮をされることはあるのですか

ないです。

僕は指揮者というのは必要な職業だと思っています。でも、結構弾ける人たちの中には指揮者をおかないで演奏したいという人も多いのです。自分たちで聴き合ってできるから大丈夫といいます。指揮者に交通整理だけを求めているとそういう発言になるんです。

自分たちで出来るから自分たちでもっと感じた様にもっと自発的な音楽になるんじゃないかっていう意味で指揮者を抜きにしてやりたいっていう意見もけっこうあるんです。

僕は指揮者というのはすごい存在でやっぱり大物の指揮者だったら、こっちに無いものもひきだしてくれるし、それにどれだけ枠を気にしなくて弾いても、ちゃんと枠にまとめてくれるのが、たぶん素晴らしい指揮者のひとつの要素だと思うのです。

 

指揮者をしていると弾きたくはならないのですか

別に指揮をしたいわけじゃないんです。だから指揮している時は僕も弾きたいなと思います。でも最終的には一番いいものができればいいと思うから、それで自分がどっちの役割でいるのが良いかっていうだけなので、どっちでもいいです。

 

最後に田中千香士先生の頃のことで守っている事や受け継いでいる事などあったら教えてください

まずレボアンという言葉ですが「レボリューションアンサンブル」「革命アンサンブル」ですからね。まあ、単に革命が好きだっただけかもしれないですけど、何か普通じゃないものをしたかったというのがあると思うんです。

みんなが生き生き、のびのびと、誰にも遠慮する事無く音で発言できる。 その上でやっぱり良くないとかってなることはあっても、最初から遠慮してやらないという事が多いそうなんです。僕はそういう場にあまりいないのでわからないのですが、そうじゃない方が良い。

たどり着きたいポイントに近づきたいと思って飛び出しているのは修正できるのですが、やらないとやらないままで終わってしまいます。

田中先生の指揮も良くわかんない事もあったけど、どういう音が欲しいかっていうような雰囲気は伝わってきましたね。言う事も的を得ていて、表現もおもしろくオシャレだった。ちゃんと弾ければ良いというだけじゃなく、1音1音に意味があってどんな音にも全部違う意味があるんだから「意味、意味、意味、」って言ってました。

音を無意識に出すなっていうことですよ。

白井 圭Shirai Kei プロフィール

1983年トリニダード・トバゴ共和国生まれ。6歳より徳永二男氏に師事。東京藝術大学附属高校を経て、同大学を卒業。その間、大谷康子、田中千香士、ゴールドベルク山根美代子の各氏に師事。2007年より、文化庁の奨学生としてウィーン国立音楽演劇大学でヨハネス・マイスル氏に師事した他、ヴェスナ・スタンコービッチ氏のレッスンも受ける。 日本音楽コンクール第2位及び増沢賞、ARDミュンヘン国際音楽コンクール第2位及び聴衆賞など受賞歴多数。ソリストとして、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団定期演奏会への出演や、新日本フィルハーモニー交響楽団など内外のオーケストラと共演。ウィーン楽友協会のGläsernersaalや、トッパンホール(東京)、Schwarzwald Musikfestivalではリサイタルを開催した。 室内楽奏者として、国内外数多くの音楽祭、演奏会に招かれる他、2011年9月より半年間は、ウィーン国立歌劇場及び、ウィーン・フィルの契約団員として、著名な指揮者との共演を重ねた。現在「Stefan Zweig Trio」メンバー、田中千香士レボリューションアンサンブル音楽監督・指揮者として、また4月より神戸市室内合奏団コンサートマスターとして活動している。

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中津川市加子母(かしも)は檜(ひのき)と地歌舞伎の郷。かしも明治座は明治27年にできた、木造の芝居小屋。

岐阜県指定有形民俗文化財 かしも明治座

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白井 圭 Shirai Kei/明治座クラシックコンサート音楽監督

白井さんの普段の活動は

オーストリアのウィーンを拠点にしていますので、室内楽のオケに行ったりしています。この間もドイツのオケに行ってきました。日本でも今年度から神戸室内管弦楽団のコンサートマスターに就任したので、オーストリアから1年に4回くらいは帰って来てるんです。

 

日本との違いはどんなところですか?

向こうの人の方が楽に弾きますね。構えないで自然です。普段からいい環境の中で弾いていますしね。

 

ウィーンのお客さんはどう

お客さんは日本のほうが厳しい時もあるかな。ウィーンは特殊な街で観光客も多くて、音楽も観光産業のひとつみたいになっています。なので演奏会やオペラを聴きに行っても半分くらいは観光客なんじゃないかなと。

どんなレベルの演奏でも「ブラボー」みたいにね。

 

明治座でのお客さんはどんな感じですか

明治座のお客さんは特別な感じがします。お客さんが楽しみに来てくれるのが良くわかるんです。だってわざわざここまでこないでしょ。

最近は明治座という伝統のある建物で弾いているというよりもソフトの部分が強くなって来てる感じがします。

 

お客さんとの距離が近いですよね

サロンコンサートなんかだと確かにお客さんは近くにいるんですけど、イス席に座って聴くのと、タタミに座って聴くのとでは大きな違いがあります。イスだとそれぞれの空間が決まっていて姿勢正しく聴いている。タタミの上では、空間を共有している感じが違います。何か親近感がわくんですよね。

 

音響的な問題はどうですか

ここの音響は難しいです。普通のホールとはステージ上の天井がないというのが、一番大きな違いですね。天井に反響版をつけていただいたりと、ずいぶん良くはなったと思いますが、それでもやっぱり音は吸収しますからね。

 

普通のホールだとお客さんにもっと音が届くのですよね

もちろんホールでは響くので届くのですが、聴こえるんだけど何か上澄みというか表面的というか、そのものの音が聴こえるというよりは、美化されたものがものが聴こえてくる事が多い。

バイオリンにしても近くで聴くと、きたない音もしてるんですが、ちょっと離れて聴くとその雑音は聴こえてこない。

明治座だとその生の音のところまで聴こえちゃうんじゃないかなと…。変に増幅されないんです。 客席で聴いた事がないのでわかりませんがどうでしょうか

 

もともと芝居小屋として造られていますから、芝居の声が聞こえる距離や大きさになってるんでしょうね。肉声も木に響くのが一番自然な音になるような気がします。楽器もやはりそうなんでしょうか。

名古屋のホールで白井さんの演奏を聴いたことがありますが、もちろん音もすばらしくて感動したのですが、明治座での感動とはちょっと違うんですよね。すばらしいCDを聴いた様な感じというか、生で聴いているのでいいのですがホールの空間自体がかなり音をコントロールしているという気がします。それに対して明治座はその音がそのままぶつかってくる感じがして、音と同時に臨場感に感動するのです。

ところで、最初に指揮をするようになったきっかけはどういうことだったんでしょう

以前、豊嶋 泰嗣さんが指揮をされたときに、練習の時に指揮をしたんです。そうしたらみんなが良いねと言って、来年はやってみてよとなったのが始まりでした。

 

指揮をする様になって最近はどうですか

オケの人たちと話をしても、みんなヤル気があって何かを言うと、どうにかして答えようとする。しかも何か言ってほしいっていうような求められている感じがする。だからこっちも言うし、求める。互いに求め合っている感じです。

たんに仕事としてのものじゃなく、ここでやっているという感じが強いんです。だからちがうものができる。

お金をもらうからやってるというのでは、そこまで煮詰めて行けないですし要求もできません。

最近は責任をもってやらなくてはいけないというのを身をもって感じさせてくれる場所です。

なのでプレッシャーもあるのですが責任は自分がとるから、こういう風にやってみようという提案もできる。

普段ばらばらになっている仲間が毎年集まって、何かをひとつ作り上げようというプロセスは魅力的です。

東京で集まって何かやろうとなっても、こういう共同生活みたいなことまでにはならないので、リハーサルのときだけじゃなくて、やっぱりご飯食べながらだったり、空を一緒にみて感じたりだとかっていう全部がつながって演奏会にたどり着くのが、やっぱり良い経験だと思うのです。

 

みなさんここでの経験をそれぞれいかせているのでしょうか

それは、そうであってほしいと思いますね。もちろん僕としては普段、お金を稼がないと生きて行けないという中では、やらざるをえないということがどうしてもでてくる。それが悪いわけじゃないけどそういうのを通して自分が最初に何をやりたかったのかなっていうのを忘れていっちゃうことがあると思うのです。

演奏していく喜びを思い出せる場所にしたいなって思うんです。 ここに来てまたヤル気がでたなとなってくれれば、それが一番うれしい。 普段の仕事上のストレスから音楽的な欲求への息抜きであればいいのですが、 単に良い空気吸って、ちょとのんびりしようという息抜きでは、もったいない時間だと思う。メンバーには何かを感じて帰ってほしい。

 

ここ以外で指揮をされることはあるのですか

ないです。

僕は指揮者というのは必要な職業だと思っています。でも、結構弾ける人たちの中には指揮者をおかないで演奏したいという人も多いのです。自分たちで聴き合ってできるから大丈夫といいます。指揮者に交通整理だけを求めているとそういう発言になるんです。

自分たちで出来るから自分たちでもっと感じた様にもっと自発的な音楽になるんじゃないかっていう意味で指揮者を抜きにしてやりたいっていう意見もけっこうあるんです。

僕は指揮者というのはすごい存在でやっぱり大物の指揮者だったら、こっちに無いものもひきだしてくれるし、それにどれだけ枠を気にしなくて弾いても、ちゃんと枠にまとめてくれるのが、たぶん素晴らしい指揮者のひとつの要素だと思うのです。

 

指揮者をしていると弾きたくはならないのですか

別に指揮をしたいわけじゃないんです。だから指揮している時は僕も弾きたいなと思います。でも最終的には一番いいものができればいいと思うから、それで自分がどっちの役割でいるのが良いかっていうだけなので、どっちでもいいです。

 

最後に田中千香士先生の頃のことで守っている事や受け継いでいる事などあったら教えてください

まずレボアンという言葉ですが「レボリューションアンサンブル」「革命アンサンブル」ですからね。まあ、単に革命が好きだっただけかもしれないですけど、何か普通じゃないものをしたかったというのがあると思うんです。

みんなが生き生き、のびのびと、誰にも遠慮する事無く音で発言できる。 その上でやっぱり良くないとかってなることはあっても、最初から遠慮してやらないという事が多いそうなんです。僕はそういう場にあまりいないのでわからないのですが、そうじゃない方が良い。

たどり着きたいポイントに近づきたいと思って飛び出しているのは修正できるのですが、やらないとやらないままで終わってしまいます。

田中先生の指揮も良くわかんない事もあったけど、どういう音が欲しいかっていうような雰囲気は伝わってきましたね。言う事も的を得ていて、表現もおもしろくオシャレだった。ちゃんと弾ければ良いというだけじゃなく、1音1音に意味があってどんな音にも全部違う意味があるんだから「意味、意味、意味、」って言ってました。

音を無意識に出すなっていうことですよ。

白井 圭Shirai Kei プロフィール

1983年トリニダード・トバゴ共和国生まれ。6歳より徳永二男氏に師事。東京藝術大学附属高校を経て、同大学を卒業。その間、大谷康子、田中千香士、ゴールドベルク山根美代子の各氏に師事。2007年より、文化庁の奨学生としてウィーン国立音楽演劇大学でヨハネス・マイスル氏に師事した他、ヴェスナ・スタンコービッチ氏のレッスンも受ける。 日本音楽コンクール第2位及び増沢賞、ARDミュンヘン国際音楽コンクール第2位及び聴衆賞など受賞歴多数。ソリストとして、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団定期演奏会への出演や、新日本フィルハーモニー交響楽団など内外のオーケストラと共演。ウィーン楽友協会のGläsernersaalや、トッパンホール(東京)、Schwarzwald Musikfestivalではリサイタルを開催した。 室内楽奏者として、国内外数多くの音楽祭、演奏会に招かれる他、2011年9月より半年間は、ウィーン国立歌劇場及び、ウィーン・フィルの契約団員として、著名な指揮者との共演を重ねた。現在「Stefan Zweig Trio」メンバー、田中千香士レボリューションアンサンブル音楽監督・指揮者として、また4月より神戸市室内合奏団コンサートマスターとして活動している。