鼎談
明治座クラシックコンサート音楽監督/白井 圭
明治座クラシックコンサート チェロ奏者/市 寛也
明治座クラシックコンサート実行委員会会長/秦 雅文
秦 市さんと白井さんは初めて加子母に来たのは2006年でしたが、その頃と比べて明治座クラシックコンサートへの向き合い方は変わってきましたか。
市 初めて明治座に行った時は学生でした。圭くんは留学してからだったかな?
白井 留学直前に一度行きました。あとは2年後に帰って来てからです。
最初の頃は明治座クラシックコンサートの演奏は10代から20代の若い人たちだけでしたよね。僕も20代でした。最初は受け身だったので、ただ言われて行って弾いている感じでした。それが自分たちの世代でやってみようと言うことになり、今の様に市くんが中心になってやっていく様になりました。同じ世代から若い人たちまでたくさんの人をコントロールしなきゃいけない分、そこに役割があるっていう感じがしますね。
市 まあ、最初の頃はまさかこんなにずっと来続けるとは思ってなかったですけど俣野さんの後、インペグをやる様になってからは色々考えながら毎年来るようになりました。1年に1回しか来ないけど思い出も増えて、帰ってくると懐かしい感じがします。村の雰囲気も長閑だから集中できるし、圭くんいっぱい練習してくれるし(笑)。やっぱりゆっくりと音楽に没頭できるのがいいです。
白井 自分たちがやってきたように、若い人たちにもいい経験の場として認識されるようになるといいです。僕ももうすぐ30代が終わって40代になるので、尚更良い影響を与えられる人になりたいとは思います。頼られる場面も増えてくるでしょうけど、それが年齢を重ねたっていうことなんですかね、市くん。
市 そうだよね。下が増えてくるよね。続けようと思ったら若い人も入れながらやらないとね。
白井 若い人が中心にこのイベントを盛り上げていかないと続いていかない。なのでうまく次の世代を見つけて行くことなのかなと思うけど、それがなかなか難しくてね。演奏者もなるべく若い人が入れば良いなと思うんですけど、呼べる人数が少ないからね。若い人だけになってもとは思うし…。
でも対外的には多くの人が楽しみにしてくれるイベントにはなってきたので、それはすごく良いことだと思います。
秦 白井さんは途中から指揮もするようになりましたが、指揮をすることで何か変わってきましたか。
白井 一番最初は指揮なんてやったこともないし、練習でみんなをまとめるために必要に迫られてやってみたら「いいんじゃない来年やってみたら」という話になったんです。でも指揮をする上で変わってきた事っていうのはないかな。
市 そうなのね。
秦 指揮者をやるとバイオリンの演奏にも生きたりするのですか。
白井 まあ今、コンサートマスターをやっていますがどういう楽器がどういう可能性があって何が難しいかとか、どういうふうに言ったらやりやすいのかがなんとなくわかるし。バイオリンだけを弾いているよりは詳しく全体を見ないといけないのでそういう意味では役には立ちましたね。
秦 最初に指揮した時と11年目とでは感覚の違いはありますか。
白井 1年に1回やっているだけでは、聞こえてくる音を操れているというほどの感覚には達しないです。でも加子母で2日くらい練習していると、みんなと意思の疎通ができるようになってきます。
ひとつ以前と変わったのは、最初の時は指揮をした後は首が痛くなってしょうがなかったんですが、最近はそこまでじゃない気がします。
秦 余計な力が入らなくなってきたということでしょうか。
白井 でもその後にヴァイオリンを弾こうと思ったら、やっぱり腕に血が通ってないというか…。もうちょっとトレーニングした人ならいいんでしょうけどね。
秦 ヴァイオリン演奏は今と昔で変わってきましたか。
白井 生まれてから今まで常に一生懸命弾いていますけど、でもそうね歳を重ねただけ多くの曲に出会うし、新しい指揮者とか、新しい解釈とか、新しい音の環境にも出会うし、人にも出会います。それは全部が音楽につながると思います。
でもたまに良くないものにも出会います。悪い環境だったりとか。そういうところにはなるべく入りたくないと思いますね。
秦 自分に合わない事もあるということですね。
白井 合わないというか本当は日本の部屋の響きとか、あまり好きじゃないんですよ。だから外国に来たんですけど、やっぱり日本の空間は狭いですよね。建物の中だけじゃなくて外も。加子母はどちらかっていうと広いですけど。でもやっぱり山の中の広さっていうのと、ヨーロッパの空の広さというのとは、また何か違う気がします。
秦 以前、田中千香士先生が「演奏者は楽器を持った時というのは、楽器と自分との勝負だけだから、良い景色で良い空気を吸ったら良い演奏ができるっていう様なもんじゃない。全然そんなものは関係ない。」とおっしゃってたのですが、お二人は明治座で演奏するということについてどう感じていますか。
白井 僕は環境によって違うと思うけどね。僕は明治座でやるっていうのはちょっと他の所とは違うし、明治座でやるということは加子母で過ごす1週間なり3日間の過ごす時間も入っているから、そういう意味で全部ひっくるめて特別な所だと思います。それに自然豊かな田園風景を毎日見ながら行って音楽するのと、都会のコンサートホールに車の列を見ながら行くのとでは全然違うと思います。しかも建物に歴史もあるわけだし。ここだから気持ちが違うというのはあるんじゃないかな。
市 僕も同感です。一度明治座が改修工事で使えなかった年に中津川の文化会館でやったことがありましたが、やっぱり気分的にもうまく嵌まらなかった。やっぱり明治座で毎日練習した後、ご飯を食べに行く時に薄暗くなってくる田んぼの畦を夕日を見ながら歩くのが好きです。ああいうのは明治座じゃないと味わえません。
白井 とにかく我々としては明治座に行く意味はありますよ。これが加子母小学校でも少し違うし。
秦 演奏者の方それぞれが自分の音楽をやっていく上で、メリットを感じる場所になってるといいのですが。
白井 音楽的には時間をあんなに与えられることってないから、その時間を使ってみんなでなんとかしようって思うことが後に自分の音楽にすごく生きてきます。
我々でメリットは作っているので十分です。そのための環境を村の人たちが提供してくれているので完璧ですよ。
竹よしの朝ごはんがなくなったのはちょっと残念ですけどね。毎年あれを食べると加子母の一日がはじまるっていう感じになっていたんですよ。まあ来たメンバーはみんなメリットを感じていると思いますよ。
市 一度来たことのある若い人たちは、毎回また誘ってくださいって言ってくれる人が多いです。編成の制限があったりすると来たい人みんなに声をかけれないから、結構その辺が悩みどころなんです。本当に会うたびに「加子母またお願いします」って言ってくるんですよ。それだけみんな良い経験になってるんだと思いますよ。
秦 明治座は音響は良くないと思うんですが、どうなんですか。
市 これが都会だったら、ホールでやろうってことになるんだと思うんですけど、加子母に行っててわざわざ響きのいい所を探そうとは思わないですね。
白井 ホールだって音響だけじゃなくて雰囲気だと思うのね。どんなに響きが良くてもどんなに弾きやすくてもあんまり心が惹かれないという所もあります。上野の旧奏楽堂というのがあって僕は好きなんですが明治座より響き悪いですよ。ひどいというか響かない。でも雰囲気はあるしそのまま聴こえる。
市 ただ、響かないから自分の音がモロに客席に行っちゃうのでその分気合が入ってるかもしれません。細かいニュアンスとかもそのまま行っちゃいますから。
白井 それぞれに空間の味があるっていうことでしょう。東京のホールでも色々差がありますけど、明治座との差と比べるとどこも似てますよね。むしろ明治座はそんなにひどいとは思わないし、もちろん歌舞伎をやるのにもいいのでしょうから、とてもいい空間だと思います。
秦 聴く方も明治座で聴くのは違いを感じますからね。
白井 だって畳の上で聞くなんて、今時ないでしょ。
秦 今回は白井さんはビオラ弾くんですよね。普段もビオラを引くことはあるんですか。
白井 初めてではなくて、何回か弾いたことはあるけれど。今回コンサートまでの期日が迫っていたので、なかなかビオラの奏者が見つからなかったんですよ。だったら僕が弾けばいいやって。
秦 じゃあ、他では聴けないってことですか。
白井 あまり人前では弾かないかもしれないですね。お楽しみに。
秦 他の楽器も弾けるんですか?
白井 ビオラとヴァイオリンはまだ近いでしょ。チェロは無理。相当練習しないと無理だね。
秦 今後のアイデアは何かありますか。
白井 確かベートーヴェンの2番だけ残ってるんだよね。2番のシンフォニーが終われば、9番以外は全部やったことになるはずなので、それだけはやりたい気がしますね。あとはやっぱり大きな編成の時があったり、小さな編成の時もあったりして、いろんなものができるといいかな。
秦 明治座クラシックコンサートは22回続けてきたことが、これからますます強みになってくるんじゃないでしょうか。色々話を聴けて、ますます興味が大きくなりました。ありがとうございました。