加子母中学校 愛知慶介
「里見家の重宝 村雨丸 抜けば玉散る氷の刃」「これぞまさしく村雨丸 絶景かな 絶景かなぁ」これは私、大角が一番の見せ場で口にした台詞です。稽古が始まって二日目、師匠に続いて初めてこの台詞を言おうとしたとき、私は「あー恥ずかしい!」「まずいぞ、これは・・・。」と、額と脇、背中にどっと汗をかいてしまいました。「抜けばたちまち氷の刃」と間違えて覚えていたことに気付いたからです。後で調べたところ「抜けば玉散る氷の刃」という村雨丸の説明は、有名なたとえ文句だということがわかりました。なんたる不勉強。なんたる間抜け。それからというもの、大角は、本番に「たちまち」と言ってしまう、恐ろしい想像とつきあうはめになったのでした。
ところで、毎月発行する学校だより「檜」には、私が加子母の生活のなかで思ったこと、感じたことをエッセイ的に綴っている【いつもかしも】というコラムがあります。昨年の八月号に、初めて挑戦するはずだった「白波五人男」への思いを、次のようにしたためておりました。
【いつもかしも】
夏休みの初め頃、学校に台本が届きました。そうです、第四十八回加子母歌舞伎公演「白波五人男(青砥稿花紅彩画)」の台本です。白波五人男と聞けば、歌舞伎初心者の私でも、聞いたことがあります。早速台本をめくって驚いたのなんの。私は白波五人男の一人、「西に東に神出鬼没の忠信利平」を、教頭先生は、「女に化けた美人局、弁天小僧菊之助」をつとめることになっていました。初めてなのに、あまりの大役です。続けて、スマホで「白波五人男」と検索すると、尾上菊五郎など有名な歌舞伎役者が演ずる映像を発見。どきどきしながら「稲瀬川勢揃いの場」を見てみました。「」は、ちょっとやそっとでは務まらないと、大いに心配になりました。どうやら弁天小僧は、夏休み中に台詞をずいぶんと覚えたようで、忠信利平は、さらにあせる始末。ともあれ、精一杯の準備をし、何とか無事に忠信利平を演じきりたいと思っています。十月から練習が始まる予定です。ここは、公演開催を心配する気持ちには蓋をして、まずは兎にも角にも、台詞を覚えようと思います。「おーい、弁天小僧、どうか、この忠信利平をおいていかないでおくれ。」
そして、今年の十月号には
加子母歌舞伎公演に向けて、9月3日より、稽古が始まりました。今年の演目は、「だんまり南総里見八犬伝」です。私は「仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌」のうち、「礼の珠」をもつ八犬士の一人、を演じることになりました。さて、いただいた台本の最後の場面には、八犬士それぞれの口上が並んでいます。恥ずかしいかな、ここ最近「礼の珠もつは 犬村大角礼儀にて…」と口上を述べる初舞台を想像しては、汗ばんでしまう大角がいます。「やれやれ、大角、おぬしそんなことで大丈夫か」という声も聞こえてきます。
最後の台詞は、八犬士全員の「えいえいおう えいえいおう」というです。本番、大角は、どんな心持ちで、勝鬨をあげているでしょうか…。
声を張って、勝鬨をあげた後、幕が下りるのを見ながら、自分なりに「大角、あっぱれ」と充実感に浸る。
ぜひ、こうなるよう、ここは大角、稽古に励もうぞ。稽古は、まだまだこれからです。
と綴りました。
思い返せば、加子母に赴任してまだ間もないころ、保存会の秦雅文さん、安江恒明さん両氏から「ぜひ出演を」と温かく声をかけていただき、両氏のお声がきっかけで、私は「その気」になったのでした。「白波五人男」忠信利平役は幻となってしまいましたが、令和四年十一月六日、晴れて「初舞台」という一年半越しの本懐を遂げることができました。
「あそこで首をしっかり決めるはずだったのに」とか、「腰を落とした姿勢がつらく、太股がぴくぴく、袴の揺れがばれたかも」など、反省すべきことはいくつもあるのですが、幕が閉まったとき(コラムでは幕が下りると書いていましたが、明治座は「幕が閉まる」のほうがあっていました。)「大角、あっぱれ」と充実感に浸ったのは、もう、言うまでもありません。私にこのような機会を与えていただきましたこと、心より深く感謝いたします。
稽古において「覚えられるのか、この台詞にこの動き」という不安や焦りが、師匠の教えのもと、「おっ、前よりちょっとはできたぞ」となっていったうれしさも、前日のこと、大道具を「あうんの呼吸」で瞬く間にしつらえる、見とれるほどの一体感にわくわくしたことも、化粧していただくときのしゃきっとした緊張感も、化粧後の自分の面やカツラ、衣装、刀と着付けていただき、いよいよできあがった自分の姿に「まんざらでもない」と思えてしまったことも、出番直前のなんとも言えない緊張感も、「たちまち」の不安に打ち克ち、「玉散る」を間違えなかったことも、この晩秋かけて「犬村大角礼儀」を通して感じた様々な思いは、今まであまり味わったことがないものばかりです。
そして何より、最後の挨拶の時、心に押し寄せてきた「歌舞伎はこうして、みんなで、創り上げていくのだな」という深く、圧倒的な感動。言葉もありません。
それがしは「加子母歌舞伎」にはまった、大角こと けいすけにて候。
つたなき文もお笑い草、関係者の皆様、ありがとうございました。