2007 田中千香士/木造建築に響く音

平成19年の公演で10回目になる田中千香士アカデミックアンサンブルによる明治座クラシックコンサート。東京芸術大学名誉教授である田中氏にお話を伺いました。

田中千香士

明治座クラシックコンサートは今年で十回目を迎えましたが、始まったきっかけはどういう事だったのでしょうか

きっかけですか。それはね隣の村にねギターやマンドリンの学校があって盛んなんですね。そこの顧問をされていた荘村清というギターの大家が僕の友達だったものだから、こっちへ来る時にギターとデュエットやらないかということで中津川でやったんですよ。そしたらそこへ加子母村の方が来ていて、終わったらここで弾いてみて下さいということで、初めて明治座に来たんです。その時僕はストラディバリウスを持っていて、そのストラディバリウスと木造建築の木と木であうんじゃないかって言う事で、弾いてみたら実際すごく良かったんですよ。それで、学生の合宿をやってくださいということで、最後に発表会をして加子母の人に聴かせてやって下さいということだったんです。

 十周年ということですが、今まで続いてきたという事が大変な事ですし、それにオーケストラみんながいつも来るというのは、こちらに来て相当居心地がいいということですよ。それに明治座の雰囲気ですよ。そこでお客さんがクラシック音楽を聴くってことがめずらしいですからね。あとはやっぱり加子母の方の大歓迎ですよ。食べる物も美味しい物ばかりで、それが楽しみでみんな来てる様なもんだ。

加子母の食べ物でお好きな物は何ですか

野菜ですねやっぱり。今日だってみんなトマトだけをおかわりしたりしてるくらいですから。やっぱり、都会にいる人達はなかなかそういう新鮮な物は食べられないからね。都会はある意味便利ですけど、どれが本物かって言うとぜんぜん別物ですから。だからそういうところがわからない人がたまにここへ来て本物を見てびっくりするんですよ。木造建築とかね。木が育ってそこで家を建てて、その家がだめになった時には次の木が育っているっていうのは、それが本当の日本の住み方だと思うし、それが東京なんか、どんどん無くなってきてる。でも、ここに来るとそういう自然がよく見えるし、喜んでいます。

楽器を演奏するのに木造の明治座はどういう感じなのですか

明治座みたいな木造の建物は木の面が出ている所に音が反響していい音がでるのですが、人がいっぱい入ると人が音を吸っちゃうんですよ。だから本当は人が入っていないときの方が響きはいいんですよ。まあ、人が入ればそれはまた違う楽しみがありますけどね。音的には良くないんですよね。まあそれは別の問題ですがね。だから人が少ない状態で演奏会なんかやると響くでしょうね。要するに劇場そのものが楽器になるから。どこでもそうですけどそうなるように設計されていますからね。

加子母での演奏会は他で行われるものに比べてアットホームな雰囲気があると思うのですが、演奏者の方はそのへんはどういうふうに思われるのでしょうか

それは、演奏する方はね自分たちの楽器の腕前というか、そういうことにいつも懸けているから相手が誰でも関係ないですよ。本当はこのアットホームなのが本物ですよ。東京だとお客さんと演奏者の間に隔たりができちゃってますがお客さんといっしょにできるっていうのがここの良さです。ここは座席も無いし、寝転がってだって聴けるし、とにかく楽しいですよ。

毎年、演奏する曲はどのようにして決めるのですか

それはあの、なるべく同じ曲が重ならないようにとか、それからちゃんとしたシンフォニーをやらなくちゃいけないから、そうするとどうしてもやっぱり大きいベートーベンとかブラームスとか代表的な物をあさってから、もっと枝葉になっていくともっと新しいものもありますけど、ホールなどの大きさに制限がありますから最小限のオーケストラですね。昔のベートーベンやモーツァルト時代のその編成でやってるから、曲目が限られてきてきます。ブラームスなどはベートーベンに憧れているから時代は一〇〇年以上経ってるけどまたもとに戻って、またベートーベンと同じ事をやっている。そういうところがあるから、

そういう人を選んでいかないと演奏できないです。いわゆる、古典になってくるのです。

加子母の子供たちにこういう風に聴いてもらいたいとかっていうのはあるのでしょうか

そういう風には全然思ってないの。要するに子どもがいるから子ども用の音楽とか、子どもが喜ぶ音楽とか絶対やらない!そら、そういうことやっている団体もいっぱいありますよ。それはそれで工夫していろんなことやってますけど、その時子どもが喜ぶのはその時知ってる曲がでてきたりとかで、ア〜、キャ〜、で終わりなんです。だけど、そんな事をやってもしょうがない。本当の意味での教育ではやっぱり、これだけのシンフォニーの本気のヤツをね、例えば「運命」にしたってタタタタ〜、タタタタ〜そこだけじゃなくて、ものすごく長い四楽章まであってそれで全部なんだっていうことが解ってもらえるためには、多少子どもたちが退屈だと思っても、やっぱりやってる人が本気でいい音を出していれば、子どもはするどいから、反応というか、影響というか、まじめなものはちゃんとビシッて入ってくるのですよ。別に子どものためにやってるんじゃないですよ。だから、本物を全部磨いてならべてあげる。それが僕が一番大切な事だと思ってます。

毎年好評で遠くからも楽しみにして来られる方が大勢いらっしゃいます

オーケストラもここへ来るって事自体が、一人一人が喜んで来ているってことですよ。勉強だから来いって言われて来るんじゃなくて、加子母へ行くぞっていう声だけがあって、それに学生が応募してくるんですよ。それがいつも多すぎて断るくらいだから。まあ、来るほうとしても楽しみにしてるんですよ。それをみなさんがそれだけ喜んで下さるっていうのは演奏にも力が入ります。

リハーサルの日に明治座の外で田んぼに向かって練習をされている方がいらっしゃって、その光景がとてものどかで、いい感じだったんです。みなさんも新鮮な気持ちになったりされるのですか

まあそれはね、演出としてはとってもいいんだけど、彼らは田んぼがあるからって癒されて弾いてるかって言うと、全然そうじゃないんです。もうとにかく、楽器を持ったときっていうのは、楽器と自分との勝負だけだから、まわりの雰囲気も何もないんです。ただ第三者が見るとそういうふうに見えるんだけど、本人はそんなこと思ってない。広いところで自由に弾けるってことは喜んでいるでしょうけどね。いい景色で、いい天気で、いい空気を吸ったらいい演奏ができるっていう様なもんじゃないんですよ。全然そんなものは関係ないですよ。そりゃ、やっぱり技術ってのはもっと厳しいものだからそんな雰囲気によって変わるもんじゃないです。だけど、それができるようになったら本当のプロですよ。そのいい景色と自然を表現できるようになったら、大家ですよ。

ここに来ていいのは、東京にいるときはみんなバラバラで、いっしょにやってるわけではないので、それがいっしょにご飯食べたり、寝たりしてると、もっとずっとコミュニケーションがとれて、チームワークが良くなるのはとてもいいことだと思います。